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最高裁判所第一小法廷 昭和60年(行ツ)137号 判決

長崎市南が丘町七番二八号

上告人

有限会社 東洋商事

右代表者代表取締役

村里忠

右訴訟代理人弁護士

木村憲正

長崎市魚の町六番一六号

被上告

長崎税務署長 神崎徳三

右指定代理人

中本尚

右当事者間の福岡高等裁判所昭和五八年(行コ)第七号法人税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和六〇年四月二四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人木村憲正の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨はいずれも採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角田次郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎)

(昭和六〇年(行ツ)第一三七号 上告人 有限会社東洋商事)

上告代理人木村憲正の上告理由

第一点 法律の解釈の誤り及び審理不尽

一、原審判決は、本件売買契約が昭和五五年七月三一日の経過をもつて解除されたから上告人に収益は発生していない、との上告人の主張に対し、

「しかしながら、仮に前記契約が全部解除されたとしても、別表二及び同三の各土地についてはそれぞれ四八年五月期及び四九年五月期の各事業年度において前記認定のとおり引渡がなされ、その販売収益はそれぞれの事業年度において発生し実現しているのであるから、解除に基づく販売収益の減少は現実に売買代金の返還がなされた事業年事の損金として処理すれば足り、四八年五月期に収益が生じた事実を既往に遡つて訂正までする必要性は存しないものといわざるをえない。

よつて、解除の主張はその適否及びその効力範囲の如何を問わず本件処分とは関連がないものである。」

とする一審判決の判断をそのまま支持している。

二、しかし原審の右判断は次の理由により誤つている。

一般に、行政処分の取消訴訟において、本件解除の事実のように、処分がなされたときは存在しなかつた事実であつても、その基礎となるべき事実つまり売買契約の存在及び代金未払の事実を本件更正の取消理由として主張できるものと考える。

現に、国税通則法二三条二項は、申告、更正又は税額等の計算の基礎となつた事実に係る契約が解除権の行使によつて解除されたときは、更正の請求をなすことができる旨定めている。これは、本件解除のように、課税標準等や税額等の計算に影響が生じることが当然予想できるからである。

もつとも、右の定めからみれば、上告人は解除の事実が生じた後、まず更正の請求をなし、これに不服がある場合、その更正の請求又はこれに対する処分に対し不服の手続を進めるべきかのようにも読めるが、右の定めは、申告・更正又は決定によつて、課税標準等ないし税額等が確定している場合の定めであつて、本件のように更正に対し不服審査、訴訟が係属中であるため、未だ行政処分として未確定の段階にある場合を意味しているものではない。そう解しなければ、訴訟等により取消される可能性のある課税処分に対し、更にその更正の請求がなされ、この請求に対し処分がなされるときは、未確定の行政処分の上に未確定の行政処分が重なる結果となり、不安定な処分が連続するからである。

ところで一審判決及びこれを支持する原審判決は「解除に基づく販売収益の減少は現実に売買代金の返還がなされた事業年度の損金として処理すれば足りる……よつて、解除の主張はその適否及びその効力範囲の如何を問わず本件処分とは関連がないものである。」という。しかし、本件では、解除により、売買契約そのものがはじめから無かつたこととなり、上告人が訴外葵物産から受取つたされている売買代金内金と同額の返還債務が発生するから、現実に売買代金を返還しなくても右に相応する所得はなかつたことに帰する。そのうえ、既に受領している売買代金の返還債務の履行は移転登記している物件についての移転登記抹消と同時履行の関係に立つのであるから、現実に返還しないかぎりは、売買は存在するものとして取扱わねばならないとするときは、売主に酷である。

三、以上の理由により、解除の主張の適否及びその効力範囲につき何の判断もしなかつた原判決は、法律の解釈を誤り、かつ審理不尽の違法があるものである。

第二点 法律の解釈及び適用の誤り

一、原判決は法人税法二二条四項の解釈及び適用を誤つている。

本件には、被上告人が主張するような会計処理の方法が妥当であるか否か、という問題の他に、上告人が主張するような処理の方法が許されないものであるか、という二つの問題があるはずである。換言すれば、法人税法二二条四項にいう「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」というものは、本件のように売買代金全額が支払われなければ買主に所有権が移転しないという特約がある場合に、一部でも移転登記がなされた場合は、その事業年度の取引にあげなければならず、これに変えて、代金全額が支払われた事業年度の取引として処理することは許されないのか、ということである。

原判決は、只単に、前者の処理が妥当という判断をなすのみで、後者の処理が許されないことまでは判断していない。すなわち、旧企業会計原則第2の3のB、企業会計原則第二の三のBを援用して、法人税法基本通達二-一-一は法人税法二二条四項に適合する妥当なものとして肯認できる、と言うのである。

上告人は、被上告人が主張する方法でもよく、又上告人が主張する方法でもよいものと主張するものである。

二、原判決が引用する新旧企業会計原則には、原判決引用の文言に続けて、「未だ売却済とならない積送品、及び試用販売、割賦販売、予約販売等に関する未実現収益は原則として、当期の収益に算入してはならない。但し、長期の未完成請負工事等については、適正に利益を見積り、これを当期の収益に計上することができる。」と定め、法人税基本通達二-一-二は「請負による収益の額は、物の引き渡しを要する請負契約にあつてはその目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日、物の引き渡しを要しない請負契約にあつてはその完成した役務の全部を完了した日の属する事業年度の益金の額に算入する。」と定めている。

ところで、本件売買契約は、「昭和四八年一月ころ、葵物産の依頼を受けてレジヤー産業経営のための用地として長崎県西彼杵郡琴海町大字尾戸郷付近の土地買収を行ない」(一審判決理由二の1の(1))、それにより買収した土地を本件契約により同物産に譲渡したものであるから、買収依頼と売買とを一体として見ることも可能であり、そのときは全体は請負契約として見られるものである。

上告人は、右依頼を受けて一号契約の土地九五筆、二号契約の一〇〇筆という大量の土地を買収したのであり、(上告人がかくして買収した物件の譲渡に際して、契約を一号契約と二号契約に分けて締結したのは、原判決認定のとおり、即時移転登記可能なものを一号契約により、相続関係その他の理由で即時移転登記ができないものを二号契約としたにすぎないものである)、葵物産が上告人が買収した全部の土地を買取らず、その一部のみを選択して買取るときは、上告人にとつては残余の土地はまつたく無意味無価値の土地なのである。したがつて、上告人は葵物産が全体の土地を買取ることを確保するためもあつて、代金全額が支払われないかぎり全体の所有権が移転しない旨の特約を締結したのであつて、原判決のいうように単に代金債権確保のためのみに所有権留保条項を付したものではなかつたのである。

被上告人は、本件契約のうち売買の部分のみをとらえて基本通達二-一-一が適用されるものとしているが、全体を請負契約として見るときは、同通達二-一-二を適用し、全体の売買代金の支払があつて全部の移転登記をなした時の事業年度の取引として処理することも可能であり、かつ妥当なものである。

三、それにもかかわらず、たな卸資産の売買に関する法人税法基本通達二-一-一のみが本件に適用されるべきであるとする原判決は、法人税法二二条四項の解釈適用を誤つている。

第三点 契約の解釈の誤り

一、原判決は、その理由九の中で、

「本件第一、第二号契約は夫々所有権留保の特約が付されているが、これは前記各契約内容にてらして売買代金担保の目「第一、第二号契約共、夫々支払われた代金合計額の各代金総額に対する割合は、右各契約に基づき所有権移転登記を経由した各物件の合計面積が各目的物件総面積に占める割合を超えていることが明らかである。このことと、第一第二号契約共多くの土地についての売買契約で、前記各契約にてらしてもその一部についてまず所有権を移転することを禁ずる趣旨は窺えず、また売主が所有権移転登記に協力することは、通常完全な権利移転を承認したことを意味することなどを考えると、前記各所有権移転登記は、控訴人と葵物産が合意の上、これらの土地が支払いずみの代金の一部に対応するものとして所有権を移転するための手続を行なつたと認めるのが相当である。」

と本件契約及び移転登記の意味を解釈している。そして、そのような解釈のうえに立つて、本件移転登記が法人税法基本通達二-一-一の「引渡」に該当するものと判断している。

二、しかし、本件売買契約は上告人がたまたま所有していた物件を訴外葵物産に譲渡したものではなく、同訴外人がレジヤー産業、具体的にはゴルフ場を造成経営するため、この土地の買収を上告人に依頼し、これを承諾した上告人が買収を進め、取得した土地を訴外人に本件売買契約により譲渡したものであること、そのような目的で大量に一括して買い集められた土地であるから、全体の一部の土地を上告人が訴外人に譲渡しないで所有していても、上告人にとつては、無意味無価値であること、を考えるときは、代金完済後全部の所有権が移転するという特約の趣旨は、単なる代金担保の目的のみではなく、全体を買い取つてもらつて、はじめて上告人の売買の目的を達するものであり、一部のみの所有権移転は上告人が目的としないものであるため特約として設定されたものというべきである。

三、しかるに、原判決は前記一記載のように、本件売買契約を解釈しており、これは契約の解釈を誤つたものである。

いうまでもなく、法人税法二二条四項の一つの解釈である同法基本通達二-一-一にいう「引渡」には、所有権の移転が必要だということは、最高裁判所 昭和四〇年九月二四第二小法廷判決(民集一九巻六号一六八八頁)が「資産の譲渡によつて発生する譲渡所得についての収入金額の権利確定の時期は、当該資産の所有権その他の権利が相手方に移転する時である」としており、この理は、法人税法二二条において、どの事業年度の収益として計上すべきかを定めるにあたつても適用されるべきものである。

以上

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